脳内ダイレクトアポイントメント〜満腹中枢、今あなたに会いたい〜

現在時刻は2021年3月21日の午前10時37分。

閲覧者の皆さんおはようございます。時刻的には"こんにちは"の時間帯かもしれませんが、本日は国民の休日である日曜日なため、私の起床時間を基準として、まだまだ"おはよう"の時間帯と見て皆さんには「おはようございます」とご挨拶をさせていただきます。

何よりまだ布団に入ったまま夢の中の方も多いんじゃないですか?

夢の中からの方がこの日記を鮮明に読める可能性もありますから、あながち間違った選択でもないと私は思いますよ。


無情な話ではありますが、この世の中には哀れな子供達がごまんと存在しています。

そんな哀れな子供達を手引するためにご立派な大人が道を示していかなければならないのですが、子供達もいざ一歩そのレールから脱線してしまうと行き場を失ってしまい、彷徨ってしまいます。

昨日はこんなことがありました。

私が本屋で買い物をしようとレジ前で並んでいたのですが、私の前では一人の小学生くらいの男の子が漫画を一冊購入しようとレジで会計をしていたんです。

今のご時世、レジ袋有料化に伴って買い物の際に都度店員さんに「レジ袋は必要ですか?」と聞かれるのが常。男の子はそれを先読みしてか、店員さんがレジを打っている最中にそこそこの声量で勢い任せに

ふくろいります!

と、振り絞るように早口で伝えたのです。

しかし残念ながらその声はコロナ禍を象徴とする透明なビニールシールドの前に跳ね返され、レジを打ち終えた女性店員さんは優しげに「ん?」とした表情で男の子に返したのでした。

勇気を振り絞ってまで伝えた男の子はもう何も言えなくなっていました。

実際子供時代というものは持論という概念があまりなく、周りが全て正しいかどうかの判別がつきづらいものばかりで、一度答えを出したものに正当性が見い出せなくなってしまったらそれを覆す考えが思いつきません。要するに答えがわからない以上、その延長線である二の次、三の次の考えがこさえられないのです。

彼は狼狽し、言葉に詰まってしまうと、あとはお金を出して商品を引き取る他することしかできません。

お金を渡して商品を引き取るやいなや、「うわああああああ」と叫びださんばかりに店を飛び出してしまいました。お釣りとレシートを残して……。

幸い店員さんがすぐに呼びかけて引き止められましたが、社会の荒波の中、勢いだけでしか動けない彼にとっては良い勉強となり、むごい屈辱だったでしょう。

そんな彷徨える子供達に手を差し伸べるのが我々大人です。

私はそれをただただ傍観しながら、「レジ袋はいらないです」と既に出されていた正当性のある解答をもとに手に持っていた書籍をにこやかに購入しました。

そして店を出てからやっぱりレジ袋は必要だったかなと後悔し、塞がった片手を邪魔に思いながら帰路へと就いたのでした。

因みに余談ではありますが、この有料化されたレジ袋というものは店舗によって価格が違うかと思います。おおよそ2円〜5円がベターなところでしょう。

その僅かな金額が時に会計の際の端数調整に使えるのは皆さんにとっても身に覚えのあることかとは思いますが、ある時私も財布の中の小銭(主に1円玉)が微妙に合わなかったので急遽追加でレジ袋をお願いしたんです。

しかしその時のレジ袋の価格が悲しいかな5円でしてね。

結局端数処理ができず、結果として小銭が増えてしまったということがありました。

財布の中の1円玉、5円玉というのは何かと疎まれる存在ですからね。1円を笑うわけではありませんが、かさばるのはどうも癪な話です。

私はジャラジャラと音をたてる財布をポケットに戻して、その重たいポケットを邪魔に思いながら帰路へと就いたのでした。