牛丼屋で売られた喧嘩
おはよう、皆の衆。定次さんです。
時に私は友人と一緒に過ごす時がありまして。
具体的な話を言えば、仕事が終わった後に銭湯で友人と合流し、ひとっ風呂浴びた後で外食チェーン店に行って夕食を食べるといったもの。
仕事終わりにゆっくりと家で過ごすのも良いのですが、こういった気が置けない仲間内で楽しく過ごすというのもなかなかどうして有意義に感じます。
風呂に入ったその帰りの足でご飯を食べる――この一連の行動には一定の充足感が味わえるもので、過去の記事でもおすすめできるライフハックとして紹介しています。
気付けばこの紹介記事の投稿も随分と遠い昔に感じます。実際問題、投稿日時を見れば2年以上も前の記事なので昔と言っても過言ではないでしょう。
頻繁に通っているわけではないものの、今も尚このルーティンを重ねていると思うと、2年以上よく飽きもせず続けられていると我ながら感じます。
仕事帰りの風呂から雑談混じりの夕食――一連の流れを経た後に受けた衝撃が、当時の自分自身にいかに影響を与えていたかがよくわかります。
今年はもう残り少ないので次回の銭湯はまた来年になるかもしれませんが、こういった楽しみは躊躇せず、飽きが来るまで継続するべきだと常々考えながら書き始める、今回の記事でございます。
私としたことが随分と平凡なお話をしてしまいました。
いや、読む人によってはこういった平凡な内容のほうが読み応えがある――という人もいると思われるので、平凡な話をしたからとて気に病む必要もないかとは思いますが、個人的にはもう少し刺激のある、日常からもう少し踏み出したような話をしたいと考えております。
ブログの記事投稿が不定期更新となって投稿頻度が落ちた最近ですが、投稿する記事が久々となった今回、こうして日が空いた中で改めてキーボードを叩くと――どうしても鈍りと言いますか、文章のキレのなさに自身の中の毒が抜けてしまっている事実を否めません。
実際問題、私の脳内では今回のお話の冗長に対して多くのクレームが寄せられている妄想が繰り広げられております。
やれ前置きが長いだの、やれ端的に話せだの――私の中にあるクレーム対応を任せられている部署は今回の記事の進行の遅さに対する苦情で辟易するばかり。
クレーム対応責任者の私が最高責任者である私に対して「早いところ本題に入ってくれ」と直談判をしてきている様子が伺えますが、最高責任者である私自身、ライターの私のスランプを解消させるサポートを早急に行えるはずもなく、とりあえずは引き続きコールセンターの私達にもう少し頑張ってもらうよう、激励を飛ばす部署の部長である私に電報を急いでいる次第です。
ハナシガナガスギ スグオワレ
――事実、今回の記事に関しては前回の投稿から随分と間が空いてしまった故にスランプが起きてしまっているのが否めません。
スランプを解消させるにはひたすら数を重ねる以外にない――経験則から私はそう考えております。
イラストだって文章だって同じこと。駄作、駄文を重ねることでより一層精錬されたものができるものなのです。
よって、今回の冗長も然るべきことであったかと言い訳を連ねさせていただきますが、いよいよもってこれ以上引き伸ばしてしまうと根気ある閲覧者でさえも見切ってしまうでしょう。
早いところ本題に入りつつ――今回の雑談兼、リハビリを終わらせてしまいたいと思います。
――して、牛丼屋で売られた喧嘩とはなんぞや?という話ですが、それ以上でもそれ以下でもない、文面通りのお話です。
文盲の方でも『牛丼屋で売られた喧嘩』の一文だけでも事態を読み取ることができるでしょう。そしてその一文から話の内容を察することができるでしょう。
今回お話しする内容は、冒頭で説明した有意義に過ごすライフハックの延長線上として脚色したお話なのですが――、実際に起こった出来事とは異なるという前提で皆さんには拝聴していただきたいと思います。
――その日、私は友人と一緒に風呂に入り、帰りの足でとある牛丼チェーン店へと入りました。
長々と入った風呂の後の時間帯ということもあり、店内はガラガラ。大通りに面している故にチラホラとお客さんも入ってくるのが見受けられますが、ホールや厨房からはピークタイムを過ぎた余裕のムードが感じられました。
そんなガラガラな店内で私達は食べ終えた食器を挟んで駄弁っていたのですが、私という人間は例にも漏れず現実でも話したがりな性分であって、空になったコップを片手にいつまでも中身のない会話を繰り広げていました。
いつしか店内の客は私達と後から入ってきた若い男性2人の2組のみ。
入口から見て奥側となる壁際の席に座る私達に対し、テーブル2席分空けたテーブル席に彼らは座ったわけですが、この距離感というのがまた絶妙で、耳を凝らせば何を話しているのか微妙に聞き取れる距離にありました。
実際問題、他人の会話なんてものはよほど耳を傾けない限りは頭に入ってこないものですが、いかんせん私という人間はよく喋る上に声も大きいもので、否が応でも彼らに聞こえてしまう――そんな距離感にあったのでした。
故にその時に話していた内容が漏れ、耳に入ってしまったのか3席離れたテーブルからは次第に私の会話内容に呼応するように嫌味が聞こえ始め、その語気は次第に強くなり、悪態をつくかのようなものへと変わっていきました。
当時の会話内容は私の考えるセダンの使い勝手の悪さについてだったでしょうか。
普段から私自身、セダン型の乗用車を運転しているということから友人にはその不便さについて経験論を繰り広げていたのですが、愛着ある上で漏らす愚痴も、傍からは断片的に悪く言われているように聞こえるもので、それがきっと気に障ったのだと思われます。
実際問題、若い男性というものは車の趣味に妙に執着があり、自身のポリシーを捻じ曲げられるような意見を言われれば頭にも来るもの。
よって、次第に悪くなったムードはこちらの悪態へと変わり、やがて居ても立っても居られずに席を立ち、こちらへとズカズカとやってきたのです。
さもセダンへの文句は自分への冒涜だと――そう言わんばかりの面持ちで迫る彼は、私の胸ぐらを掴むやいなや思い切り殴り飛ばしました。
手が出てしまったことからか、リミットが外れてしまった彼は尚もヒートアップを続け、呆然と立ち尽くす私に対して言葉にならない言葉で罵倒を続けます。
厨房からは店員さんが慌てて顔を覗かせるものの、その雰囲気に圧倒されてかしどろもどろ。
私は何とか弁明しようと口を開こうとするのですが、胸ぐらを掴んだ力が妙に強く、引っ張り上げられた襟が邪魔で言葉に詰まるばかり。
「何言ってるかわかんねーよ!」
言葉にならない罵詈雑言の中で最後に聞き取れたのがこの一言だったでしょうか。
その瞬間、鈍い衝撃とともに下腹部が急に熱くなりました。そして、もう一度。
――どうやら私は刺されたようで、腹部を触ると血が漏れ出しているのがわかりました。
刺したという事実に気付くと彼は冷静になり、掴んでいた襟をゆっくりと解いて後ずさります。
ここまでするつもりはなかった……さっきまでとは一変、怯えた表情でずっとこちらを見続けます。
ガラガラだった店内――ほんの少しの静寂の後、真っ赤に染まった私の周りは阿鼻叫喚へと変わったのでした。
遠くから聞こえるサイレンの音、男性はこちらを見続けながらも、今にも逃げ出しそうな及び腰で少しずつ遠ざかっています。
「待て」
血溜まりが縦に伸び、現れた小さな人型。
両手を広げる素振りをするやいなや、店内に黒い渦が生まれ、その場にいる全員が飲み込まれました。
別の世界線……異界へと繋がる黒い渦――私は薄れていく意識の中で刺された腹部が熱を持って治っていくのを感じました。
――目が覚めるとそこはさっきまでいた牛丼チェーン店。目の前にはまだ食べかけの牛丼が残っており、テーブルを挟んで友人が適当な会話を繰り広げています。
「そうか、戻ってきたんだな」
ボソッとこぼした私の言葉に友人は首を傾げるものの、私も何が起きていたのか整理がつかず、「いや、なんでもないです」の一言でその場を片付けました。
足元には血溜まりが広がり、小さな人型は紅生姜を欲しています。
やがて若い男性が2人、私達のテーブルから2席離れたテーブル席に座り、定食を注文し始めました。
2人の手には三徳包丁。遠くからはサイレンが鳴り響きます。
時折厨房から顔を覗かせる牛丼屋の従業員は皆糸を塗ったような目でニコニコと笑い、私達の食器を下げようと見計らいます。
私はこの瞬間を平和という天秤にかけ、有意義な時間だと無理矢理にでも納得しようと私は考えたのでした。
――して、この世界は本当の世界なのか?
椀にこびりつく湿った米粒を箸でかき集めながらそう疑問に思ったのですが、実際は喧嘩を売られたわけでもないですし、カウンター席には何人かのお客さんが座っていました。
友人との会話で私が大口を叩いていたのは事実ですが、それに対して3席隣のテーブル席に座っていた若い男性組も聞き耳を立てていたわけでもなく、悪態をついていたわけでもない。
何なら私が気兼ねして声量を下げ、最終的に自身のセダン乗りであるが故のジレンマと私が話を締めたところで店を後にしたのでした。
調子の良い私の発言で何かしらの諍いが起きてしまったら、空気が悪くなってしまったらばつが悪い。
少し考えすぎなところもあったかと思いましたが、結局駐車場には私の乗る車以外にセダンはなく、恐らく若い男性客達が乗ってきたであろう白い軽自動車が駐められているのを見て、先程した気遣いも私自身のただの思い込みであったのだと気付いた一件でした。