モーソーロンパ!:深夜のドアガチャ事件


おはよう、皆の衆。定次さんです。
普段から何気なく開け閉めを繰り返す家の扉。
人の出入りに非常に便利な家の一部ですが、普段閉め切っている扉の向こうにはどんな世界が広がっているのかはわかりません。
自分の世界と外の世界を隔てる扉――日常生活でよく使用するからこそ時に想像力を強くはたらかせ、時に恐怖心を大きく駆り立てたりするものです。
もしかしたら皆さんの中にも経験したことがある人がいるかもしれません。
例え、経験をしたことがなくても状況を想像するのは容易いでしょう。
深夜、家の玄関のドアノブが前触れもなく回される――そんな経験をした時、人は言い知れぬ恐怖に襲われるのです。
――その日、私は家の外が妙にガタガタと騒々しいことに煩わしさを覚え、玄関へと乗り出しました。
我が家はアパートなので部屋の扉には外を透かして見るような磨りガラスはなく、外の様子を見るにはドアスコープを覗くか、もしくはインターホンのモニターを点けるしか方法がありません。
手軽に様子を見るのであれば本来インターホンを使うのが定石なのですが、インターホンを起動すると同時に外のカメラに取り付けられたライトも点灯してしまうため、インターホンを使用しているのが外からわかってしまいます。
そのため、少し手間であってもドアスコープで外の様子を伺うのが安全策ではあるのですが……壁を隔てた向こう側、何者かの気配が感じられる最中、なるべく音を立てずにドアスコープへと体を伸ばそうするのは妙に気を使います。
私はなんとか外の様子を伺おうと爪先立ちで慎重に歩みを進め、置かれた靴を踏まないように大きく体を伸ばしてドアスコープへと顔を近づけようとしました。
――その瞬間、咄嗟にドアノブがガチャッと回されたのです。
幾度となく回されたわけではなく、軽く何度かドアノブが下りた程度。
ただそれだけのことでしたが、その瞬間に私の体は凍りついたように固まりました。
ドアノブを下げて扉を開けようとしたという、明らかな脅威がそこにありました。
少なくともその行動自体に善意は感じられません。
何度もこじ開けようという強引な敵意でもなく、『あわよくば』という、得体のわからない悪意が扉の向こうから感じられました。
一度下がったドアノブはゆっくりと戻り――こちらの気配を察知したのかしないのか、やがて微動だにしなくなりました。
中途半端な姿勢で固まってしまった以上、私も迂闊に動くことができません。
ただ、気付いた頃にはもう扉の先に気配はありませんでした。
先程まで信じられないほど張り詰めていた空気はもとに戻り、得体の知らない悪意も消えているように感じられました。
扉の向こう側にも聞こえてしまいそうな心拍が徐々に治まってきた頃、私はゆっくりと深呼吸をし、少しだけギシッと物音を立ててようやくドアスコープを覗きました。
魚眼に映る丸い外の世界。
赤外線で感知する自動ライトは既に消え、スコープの向こうには真っ暗な世界が広がっていました。
――そこに誰がいたのかもわからない、真っ暗な世界。
ただ残ったのは明確な悪意が存在したという事実と、とてつもない不安感。
モヤモヤとした気持ちを抱えながら不穏な空気の残り香に怯え、私は今一度ドアに取り付けられた鍵とドアチェーンに一瞥を投げてからゆっくりと部屋へと戻ったのでした。
※この話は実際に体験した出来事に基づいた一部フィクションです※
どの部分がどの範囲までフィクションであるのか、ノンフィクションであるのかは閲覧している方の想像にお任せします。