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蒸した夜に歩む。

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蒸した夜に歩む。 蒸した夜に歩む。

全国的に梅雨も終わりが見える頃、全く雨季を感じさせない蒸した暑さが夜に私を駆り立てた。

時計は既に22時半を回り、窓から見える街路灯の下には人の影すら見えない。

透明なガラス一枚隔てた外界の気温などつゆ知らず、冷房がガンガンに効いた部屋の中で私は財布を探していた。

こんな時には外に出て、冷たいアイスで涼むのが気持ちいいだろう――。

小銭入れの中に百円玉が何枚か入っているのを確認して尻のポケットに詰め込む。

節電など毛頭なく、エアコンも、照明も点けたまま。さも室内に私を置いてくるかのように扉の鍵だけ閉めて外に出た。

 

雨などは降っていなかっただろう。むんむんと蒸した空気は意外にも冷えていた。

暑くはない。冷たくもない。生ぬるい空気よりも若干冷えた空気をしていた。

この時期の夜の道はこんなにも過ごしやすかっただろうか――真っ直ぐに伸びた道には靄が立ち込め、心做しかこれから歩く私の道を幻想的に映し出していた。

真っすぐに並んだ赤色信号。遠くに行くほど明かりは小さなものとなるが、その小さな明かりの先に目的の看板がぼんやり見える。

あそこまでの道のりは然程遠くはない。だったら道中何かあったら面白いだろう。

誰もいない通り。時折走り抜ける車は大抵屋根の上に何かを付けて忙しなく走っている。

 

途中、変電所の設備の横をゆっくりと歩いた。

ヴーンといった独特な音がこんなにも賑やかだとは……たまに耳に入るから面白い。だから私はゆっくりと歩みを進めたのだ。

そして普段あまり信号運に恵まれない私もこういう時に限って目の前で信号が青に変わる。

時にそのゆっくりとした歩みが止まっても構わないというのに、私の足は止まることなくゆっくりとコンビニまで進んだのだった。

 

暑い夏の夜に入るコンビニの店内はまるで世界が違ったかのように冷えている。

だが、今夜は妙に暑いわけでもなく、コンビニの世界は外の世界と繋がっていた。

部屋着のまま、薄着のまま出てきた私にとっては少し肌寒かったが、アイスクリームが並んだ冷凍棚をぐるっと回る分には心地良いくらいだった。

随分と高騰したバリエーション。

子供の頃にはどれを食べようかと迷うばかりだっただろうが、こうして持て余した中でやってきた大人の自分にとっては取るに足らないものしか見当たらない。

どれだっていい。私は手前に置かれていた、今にもポキンと折れてしまいそうなチープなソフトクリームアイスだけを手にレジへと向かったのだった。

 

夜中だからとうだつの上がらない店員を見るもまた一興。

夜中まで愛想が良い人間を見てしまってはこちらも相手も疲れてしまう。

こういった人間味のある不躾な態度が夜のコンビニの楽しみなのだ。

 

他に客が誰もいないさみしげな世界。今一度外に出る手前、私はチープなソフトクリームの外装を慎重に剥がして店を出た。

パッケージも何も無い裸のままのソフトクリームを舐めながら帰路へと着く。その道は心做しか先程よりも靄が減り、面白みの減ったものへと様変わりしていた。

 

対岸を歩くにしてもさっきと何も変わらない道。

仮にここで寄り道でもしたら何かが得られるだろうかと脇道を覗くと、その先は先程逃げた靄がかかって未知の世界が広がっていた。

霞んで見える遠くの暗夜。

街灯の下にぼんやり黒い影でも立っていようものならさぞかし冒険心と恐怖心の混ざった気持ちが掻き立てられるだろうが、そんなものはまるでなく、ジトッとした目で向いたソフトクリームを舐めるのであった。

 

子供の頃だったらきっとこんな夜道も怖かっただろう。いつからそんな恐怖は消えてしまったのか。

怖いという気持ちは面白かったのか、それともなくても良かったものだったのか――色々考えながら歩いているうちに、あっという間に半分が過ぎていた。

たまに側を走り抜ける"予約"の文字を照らしたコンフォートやプリウスアルファ。

時折、エンジンをふかしたコンパクトカーが走り抜けるものの、これもまた夜中だから気持ちが大きくなるからだろうか。

 

ここにきて言うが、私は木の下を歩くのが苦手だ。

木陰だの何だの、生物にとっては過ごしやすい空間なんだろうが、苦手な虫がいつ落ちてきてもおかしくない空間に身を置くのはなんとしても避けたいのだ。

対岸の帰り道、一軒家の塀の上からはみ出た庭木の下を避けようと、その時だけは道路に出た。遠くに見える対向車のハイビームが私を照らすが、随分と近くになるまで私は道路側の道を歩いて通った。

 

そんな苦手なゾーンを通ってそろそろ我が家が見えてくる頃。 

チョロチョロと流れる下水の音を下に置かれたマンホールの隙間から聞き取りながら、最後の信号でようやく私の歩みが止まった。

 

車の来ない交差点。

何もこんな夜中にまで道交法を厳しく守るほどのモラルを私は持ち合わせていない。

それでも私の理性と衝動が、赤く光った歩行者信号の指示に逆らわない。

家に着く前の最後の交差点、一歩一歩を大きく歩き、最後に残ったコーンの部分を慌てて口の中に押し込みながらようやく私は家路に就いたのだった。

 

玄関を開けると眩しく、涼しい室内があった。

つい先程まで私がいた痕跡に、一時だけ駆り立てられて出かけてきた私の姿見が重なって、ようやく一つに戻った。

そうして今、ここでPCを叩いている。今ここに文章を打ち込まなければ、私はどうにかなってしまっただろう。