【2026年】つつしんで新年のなんとやらをよろこんでヘッヘッヘ


新年明けましておめでとう、皆の衆。定次さんです。
2025年も終わり、2026年を迎えました。
この度下衆と皮肉も無事に2025年を越して2026年を迎え、新年を迎えることができました。
これも何より閲覧者の皆さんが全て日頃から下衆と皮肉を食い入るように読んでくださった――ということが一つと、私の頑張りが大半であったかと思われます。謹んで自分に感謝申し上げます。
2026年は午年ということもあり、日頃から馬とは全く縁もゆかりも無い私にとっては正直インスパイアもクソもない一年の始まりでございまして、新年早々ではございますが、あまりやる気が満ち溢れてこない年明けとなっております、今回の記事の始まりでございます。
このやる気のなさは年末年始の贅沢からくる気だるさなのか、それとも私自身の根底にある気質なのかどうか――というのは、私自身の気質を研究する有識者が、厳密な学術論文でも提出して学会で認められないない限り定かではないですが、ただ一つはっきりしているところは『年末年始くらいゆっくりさせてもらいたい』ということ。
昨年の実績を見る限り、年末年始だけでなく、日頃から十二分にゆっくりしているじゃないかと言われそうなのは百も承知でございますが、人間という生き物はどれだけゆっくりと休んだところでそれを罪として咎められることは早々ありえる話ではなく、私もそんな社会の穴につけ込んで年明け早々悠長に構えようとしている次第なのでございます。
新年一番の記事がこんなやる気のない内容だと読んでいる方のやる気も削がれてしまいそうだといよいよ反感を買ってしまいそうではありますが、正直申し上げますと、正月からやる気いっぱいの人間なんて熱苦しい以外の何物でもなく、もう少し力を抜いて過ごしてはどうかと、逆にこちらからアドバイスさせていただきたいところです。
私の投稿する記事が原因で「やる気が削がれた」なんて言ったところで、そもそも年明け早々にやる気を出して行うこともあまりないことですし、元からなかったやる気の口実として使っているに過ぎないでしょう。
ただ、それはとっても良いことです。私とてこの記事がクソミソ言われたところで何のダメージもございません。
正月だからと集まった親戚衆から発破をかけられた場合などにこの記事を口実としてご利用ください。
新しい年の始まりだからといって気張る必要は無いのです。
ゆっくりと正月番組を見ながら、時折挟まれるCMの合間にでもこの下衆と皮肉を読んで新しい年の始まりをお慶びください。
2026年も下衆と皮肉は通常営業です。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


















【定次さん】






