ちょっとしたダイアリー『寿司屋で繰り広げられた仁義なき注文戦争』


おはよう、皆の衆。定次さんです。
いくら"平和"を謳っていても、人間もまだ自然界の中に住む生き物……本能的なところから沸き立つ闘争心や競争心には抗えないもの。
ちんけなプライドを盾に人が人の上に立とうとするから、いつになっても諍いはなくならないのです。
本日の私は平和的にゆっくりと食事を摂る予定でした。
しかし何だか無性にお寿司が食べたくなり、仕事から帰宅するやいなや、すぐさま近所にある回転寿司屋さんへと足を運びました。
夕食の時間帯――飲食店からすればゴールデンタイムという時間帯。
しかしそんな時間に足を運ぶも、平日だからか店内はの様子は然程混雑しているように見受けられませんでした。
私はラッキーと上っ面で思いながら、内心では思惑通りだと憮然とした態度で発券機を操作し、案内されるがままガラガラに空いているカウンター席へと向かいました。
発券機に案内されたのは私が望んでいた最も理想的な席……壁際の端っこ。
商品が提供される厨房から最も近く、それでいて入り口付近の待機スペースから死角になっている場所。
何より他のカウンター席と比較してパーテーションが若干広めになっていて窮屈さを然程感じません。
どっかりと席に座り、おもむろに注文パネルを操作する私。
いつも通り、まずはこの時期のオススメネタから順番に選んでいこうかと軽いジャブ程度の気持ちで2,3皿注文しました。
――今の時代、回転寿司も非常に便利になりました。
かつてはレーンの上に握った寿司が流れてくるというのが常でしたが、コロナの影響ですっかりその文化もなくなってしまい、今や注文した席に直接届くシステムが普及するようになりました。
このシステムを"回転寿司"と言い切れるかどうかは定かではないですが、時代の流れで形が変わり、システムが変わり、そして回転寿司という固有名詞が進化を遂げた上で引き継がれたと考えたら、うまく方向性を変えられたように思う――間もなく、私の前にオーダーしたお寿司が届きました。
時間にして10秒も経過していなかったでしょう。
いくらこのカウンター席のレーンがガラガラだとは言え、流石にこの提供速度は早すぎる。
注文する前から用意していたのではないかと思えるくらいの提供速度に思わず私はたじろいでしまいましたが、届いたお皿に手を伸ばしたその瞬間、壁一つ隔てた向こうからどことなく「すぐに提供してやろう」という気迫のようなものを感じ取りました。
厨房ではどんなスタッフが握っていたのかはわかりません。
ましてや本当に新規としてやってきた私に対して気迫のこもった寿司を提供していたのかもわかりません。
純粋に握るのが早いだけかもしれませんし、職人の第六感が働いたのかもしれません。
何にせよ、私は届いたお寿司を即座に食べ終え、この妙に早かった提供に対して対抗心を抱くことにしました。
もしかしたら厨房には店内を映す大型ディスプレイが設置してあり、私の姿を本日一番の要注意人物とマークされていたかもしれません。
次にタッチパネルに手を伸ばす直前、私は一度店内に備えてある監視カメラの位置を確認しました。
小さなカメラが仕込まれているのであればわかりようがありませんが、天井に設置されている監視カメラを見る限りでは、私のことを鮮明に捉えている様子は伺えません。
きっと私のただならぬオーラを厨房では察知したのでしょう。
壁一つ隔てた互いにどんな人間かわからない状況下で、タッチパネルという端末を通しての戦いの火蓋が切って落とされたのでした。
いつぞやのこと、私は回転寿司についてこんな噂を耳にしたことがありました。
「回転寿司のオーダーは、最初の提供だけが異様に早い」
確かに、何事もファーストインプレッションというのは重要。
最初のつかみをがっちりとしておくことで、顧客からの印象を少なからずとも良くしておく……商売においては当然のスキルでしょう。
私はそんな策にまんまとハマってしまったのか――、意気揚々とガラ空きのカウンター席に座って注文するやいなや、即座に商品が届いたことから勝手に闘争心を燃やしてしまうとは……何とも大人げない。
人というものは熱しやすく、そして冷めやすい。
ファーストインプレッションとして提供されたお寿司はとても早いものでしたが、私が気持ちが落ち着くのもまたそれに負けじとした早さであった――かと思った途端、第2弾のお寿司が間髪入れずに届きました。
注文をしたのは私がファーストインプレッションが云々だと屁理屈を捏ねている最中。
今度の提供速度はもっと早い。言うならばファーストインプレッションならぬセカンドインパクトといったレベルでした。
これは間違いなく『やっている』。
厨房からひしひしと伝わるPSYの気配。
私は一度消えかけてしまった火蓋を今一度激しく燃焼し、高橋名人の連打よりもずっと遅いくらいに、絶えず注文しては食べてを繰り返すこととしたのでした。
私の挑戦状を受け取ったのか、それとも私が厨房の喧嘩を買ったのか……ことの発端はどちらにあるのか定かではありませんが、壁一枚隔てた短いレーンの間では熱い戦いが繰り広げられました。
私の注文に金額のこだわりはありません。
その日の私はハングリーモンスター。オススメネタからレギュラーメニュー、サイドメニューだろうが食べたいと思ったものを次から次へと注文します。
一般的なお寿司を頼んだかと思えば、奇を衒った肉ものや天ぷらといったネタを注文したり、時折手を止めたかと思えば、油断を誘うタイミングでまとめて注文したりと、掴みどころのないオーダーで厨房を翻弄します。
――ですが、それを受けた厨房も負けじとすぐさま提供してくる。
果たして我々を突き動かすものとは一体何か――。
そして私が考えるこの勝負の意義とは一体何なのか……。
何もかもがあやふやな中、暫くするとタッチパネルが一時的に操作不能となりました。
『しばらくお待ちください』
表示された画面を見て私は勝ちを確信しました。
美味しくたくさんいただいた寿司競争――、ゴールが見えたところで私はそのまま残った寿司をぐっと頬張り、テーブル下で小さく拳をぐっと握ったのでした。
「恐れ入りますお客様――」
画面ばかりを気にしていた矢先に背後から急に声をかけられました。
「自分の世界に入り込みすぎて調子に乗ってしまったか?」と咄嗟に焦りを覚え、振り向きがてら思わず頬張っていた寿司をこぼしそうになる私。
「ただいまご注文いただいたお品は在庫が切れてしまいまして――」
単純な品切れ。
私が食べすぎたからではない、単純な人気商品の品切れ。
そもそものところ、私一人がせっせと人より僅かばかし多く食べたところで大手回転寿司チェーンの一店舗が機能停止に陥ることはあり得ません。
急に見えた現実に私はそっとタッチパネルに向けていた指を戻し、またスッとタッチパネルに指を伸ばしてから、最後に私が好きなイカのお寿司を3皿ほどまとめて注文して完食としたのでした。
壁一枚隔てた向こうからは呆れたような空気や、疲れ果てた空気が――何一つ感じられることもなく、私が席について間もなくに感じられた活気が漏れ出しています。
私が感じたPYSの気配は単なる勘違いだったのか――。
休憩がてらしばし呆然とする私。
私が回しまくっていたと思い込んでいた寿司ネタは、この間も別のカウンター席に座るお客さんらに素晴らしい速度で絶えず提供され続け――結果、所詮私も単なる養分でしかなかったと、先程まで驕り高ぶっていた自分の小ささを思い知らされたのでした。
会計の際、私の前ではカップルが電子決済で支払いを済ませようとしていました。
後ろからぱっと目に入ってきた支払い金額はおおよそ3,600円ほど。
2人で食べればそんなものかと思いながら、私は少しばかり苦しいお腹をもたげながら次の支払いの番を待ちました。
「お待ちの方、こちらのレジどうぞー」
徐々に伸び始めていた会計待ちの列を見かねて隣のレジが開きました。
果たして私一人で一体どれだけ食べたのか――、皿の数は24皿。昨今の高騰を考えたらそこそこの金額になるでしょう。
そして提示された金額は奇しくも同じ3,600円程度。
私はさっと財布から現金を取り出し、お寿司の提供速度に負けず劣らずの手際で会計を済ませ、したり顔でカップルの方へと一瞥を投げます。
カップルはまるで私の方を見向きもせず、不慣れな手つきで電子決済を進めています。
ふと見るとその金額はいつの間にかクーポンか何かで値下げされて3,400円程度に。
私の方が一人でお店の売り上げに貢献することができた――勝ち誇った背中を向けて、私はお店を後にしたのでした。


定次さんの言う勝ち負けの基準って何なんですかね?

さぁ?

お寿司を食べたいという欲求を解消できたことに満足しているだけなんじゃないですかね。

これまでのことは全てこじつけだったと。

こじつけなんて今回の記事だけに言えた話じゃないでしょう。

何を今更って感じですね。

時すでにおすし的な。





















【定次さん】






