【飛行機恐怖症】飛行機嫌いを克服したい!


おはよう、皆の衆。定次さんです。
昨晩私は部屋を真っ暗にして寝ませんでした。
いつもは電気を消して真っ暗な寝室で眠りに就くというのに、昨晩だけはどうしても暗くすることができませんでした。
――夜が怖かった……真っ暗な闇が怖かったのです。
どうして闇が怖かったのかは定かではありませんが、昨晩の私は珍しく部屋の電気を完全に消さないまま眠りに就いたのでした。
――怖いと言えば、私は飛行機が怖いです。
見ているだけなら好きなのですが、いざ乗るとなると恐ろしくて仕方がない。
飛行機は安全な乗り物だと散々謂れがありますが、実際問題その中身は逃れられない死の博打。
私は現住所と実家が離れているということもあるので、日頃から帰省の度に飛行機を利用することがあるのですが……それでも飛行機に乗る度、その恐怖心が増しているように思います。
だからいつの日かそんな飛行機にも恐怖心を覚えることなく平然と利用できるようにしたい……。
飛行機に対する苦手意識を克服する方法――そんなヒントを閲覧者の皆さんと考えていきたいと思います、今回の記事でございます。
――夜が怖い。
そう思ったのはいつ以来でしょうか。
幼い頃は暗い場所が怖く、夜に寝る際にも電気は点けっぱなしで部屋の扉も全開。廊下や階段から漏れてくる明かりに縋りながら毎夜を過ごしていた私でしたが、いつからか真っ暗な夜道を歩くことにも抵抗を覚えなくなりました。
大人に成長して強くなったのか、それとも大切な何かが欠落してしまったのか……その真相は定かではありませんが、今の私は多少部屋が暗くなったところで恐怖心を覚えることがなくなったように思います。
ただ、そんな私も昨晩寝る際に『夜が怖い』と感じてしまいました。
厳密には『真っ暗が怖い』。
部屋の電気を消してすぐは目が慣れず、今まで過ごしていた空間の全てが黒色に溶け込みますが、その瞬間から目が慣れるまでのただ真っ暗な空間に得体の知れない恐怖感を覚えてしまったのです。
開けっ広げた寝室の引き戸、そしてその向こうに見えるリビング。決して何かがいるわけではないというのに、私の脳は勝手に『見えない何か』を作り出してただただ不安を煽り続けました。
目を閉じればそのうち眠りにつくだろう――だから電気が消えたままでも安心して眠れる……そうやって自身に言い聞かせはするものの、一度真っ黒に染まった空間に目を凝らしてしまうとなかなか閉じるに閉じられない。
もしかしたら閉じた瞬間に布団のすぐ上に何かが現れるかもしれない……。
隙を見せてはいけない。隙を見せてはいけない。
いつもなら既に見え始めているであろうリビングの僅かな明かりがまだ見えてこないことにより一層の不安を覚えました。
ぼんやりと見えるテレビの電源ランプや電源タップの僅かな明かり……それが今夜はいつになっても全く見えてこないのです。
こういう時、人の脳には悪いイメージばかりが流れ込んできます。
何も無い真っ暗な空間に向けられた私の視線と、そこに重なるのは記憶に刷り込まれた『不安の種』の1シーン。
ぼんやりとした電源ランプが見えてくるまで払拭できない不安を前に、私は一向に目を閉じることができませんでした。
体は疲れて早く寝たいばかり。きっと布団をかぶればすぐに部屋は明るさに包まれていることでしょう。
しかし私にはそれができませんでした。
枕に片耳を押し付けようにも、いつも以上に大きく聞こえる拍動が寝付こうとする私を叩き起こします。
かつて子供の頃、私はそんな脈打つ心拍がこちらに向かってやってくる死神の鎌の振り下ろす音に聞こえていました。
大人になってからはバカバカしいと鼻で笑っていましたが、今この瞬間だけ、どういうわけか私の中の死神が動き出したのです。
常闇が不安で仕方がない。
私は仕方なく手元に転がっていた照明のリモコンを手に取り、常夜灯を点けてようやく眠りに就いたのでした。
翌朝、目が覚めた時には部屋の常夜灯が切れていた――なんてホラーな展開は全くなく、いつも通り爆音のアラームに叩き起こされてムックリといつもの朝を迎えました。
昨晩のことなんてすっかり忘れ、慌ただしく仕事の準備をしていた私でしたが、ふと一瞬、どうして昨夜の部屋はあんなにも暗かったのか首を傾げました。
いつまでも真っ暗なままの部屋。リビングに置かれたほんの僅かな明かりも見えてこない。
黒一色の部屋の中に何者かの人影が溶け込んでいたところで気付けなかったでしょう……当時を思い出すや否や身震いをし、その日の仕事帰りにはスーパーへと立ち寄って鶏レバーを購入しました。
いつから私は鳥目になったのでしょうか。
夜盲症は恐ろしい。最近はきっとビタミンAが不足してきたのでしょう。
なるべく健康を意識した食生活を続けていましたが、同じ食材ばかり食べていては一部の栄養素が不足するのは当然のこと。
私は今一度食生活を見直すこととし、購入してきた鶏レバーを改めて美味しく調理することと決めました。
中華スープに入れて摂取した鶏レバー。今日の分のビタミンAは十二分に摂取できたでしょう。
またいつか、夜の暗さに怯えない日がやってくることを願いながら、また私は鶏レバーを食べることとします。

飛行機恐怖症は解消できる?
怖い、嫌い……そんな話から始まった今回の記事ですが、閲覧者の皆さんの中にも飛行機が苦手という方は少なくないと思います。
宙に浮くことが考えられない先入観。一室に閉じ込められる閉塞感。有事に対して何も抵抗できないという無力感。
万が一のことを考え始めたらどこまでも不安が膨らんでしまう飛行機という乗り物ですが、私も皆さんと同じくその無力感が恐ろしく、飛行機という乗り物が苦手で仕方ありません。
先日も祖父の葬儀のために往復で飛行機に乗る機会がありましたが、台風が近かったこともあって、その道程はまるで生きた心地がしないくらいに激しく揺れたフライトでした。
日に日に増していく飛行機への恐怖心……最初の頃は若さから来る強がりからか平気に感じていましたが、いつからかより生に執着するようになったのか、折り重なる不安によって飛行機に乗ること自体に抵抗が生まれてしまいました。
本当ならしっかりと地に足をつけた状態で目的地まで移動したい――少なくとも有事の際には少しでも生存率が上がる船での移動を希望したい……。
しかしそんな希望は文明が編み出した利器になかなかどうして打ち勝つことができません。
万が一の可能性よりも圧倒的タイパ。
人が移動をするのであれば、陸路や海路から何日もかけて移動するよりも数時間足らずで目的地まで飛べる飛行機の方が圧倒的に現代社会で求められているのです。
――かと言って、そんな利便性だけのために個々の気持ちが踏みにじられてしまうのは許されるものなのでしょうか。
いくら速くて安全に移動できるとしても、やはり抱いた恐怖心は変えられない。
ただ、私は思うのです。その恐怖心は本当に飛行機に対してのものなのかと。
人間の心理とはひょんな一言でもガラッと変わってしまうもの。
恐怖心の根底に実体験から来るトラウマが存在しているのであれば私自身何のアドバイスもできませんが、単なる印象から飛行機に苦手意識を抱いている人はふとした気付きでその苦手を簡単に克服できるかもしれません。

飛行機とは?
そもそも皆さんは飛行機がどういったものかをご存知でしょうか。
ざっくりと説明すれば飛行機とは人間が発明した航空機の一つで、現代における移動手段、運搬方法の主力です。
その構造は平たく言えば鉄の塊に翼がついたもの。動力によって発生した推進力により揚力を生み出し、結果、飛行が可能となる不思議な乗り物です。

そんなことは言われなくても知ってる。
きっと誰しもがご存知であろう飛行機という乗り物。
ただ、その『知ってる』という言葉の中にはどれだけの根拠が存在しているのでしょうか。
ニュースで大きな事故を見てしまったために飛行機に対する畏怖の印象を強く持ってしまうのは致し方ないですが、悪い結果ばかりを見て判断するのは人間の悪いところ。
どうして飛行機は飛べるのか……まずはその理屈や事故が起きる確率などといった確かな知識を学び、飛行機への信頼度を深めながら恐怖心を払拭するべき。学びを得ることで人は飛行機に対する苦手意識も薄れるはずです。
■何故飛行機は空を飛べる?
まずはどうしてあんな鉄の塊が空を飛ぶことができるのかを簡単に説明させていただきましょう。
――とは言え、私も飛行機に関して通暁なわけでもなく、物理学に関する知識もさっぱり。それどころか見ての通り理系とは程遠いところに脳みそを置いております。
そのため、あくまで文系の一個人が解釈している範囲の知識を端的に説明させていただくわけで、原始時代から脳みそだけを引っ越してきただけのわからずやな閲覧者の方々だけに伝わりやすいよう、噛み砕いてそのセオリーと言いますか、空を飛ぶ原理をお教えしたいと思います。
詳しい話を説明し始めればきりが無いですし、そもそものところ、専門的な学が並べられているわけでもないこんなブログの説明を真に受けるよりももっと詳しい記事や論文を読めばいいだけの話かとは思われますが、あまり前置きを長くしすぎても退屈でしょうし、いくつかの重要点だけをかいつまんで解説させていただきます。
飛行機が空を飛ぶセオリーとは単純に言えば推進力と揚力の2つが兼ね合わさったもの。
ジェットエンジンにより勢い良く前に進み、両翼が宙に浮かせる……ただそれだけ。
その中身には圧力だのエネルギー保存だの○○の定理だのといった、聞いただけで頭が痛くなりそうな細かな要素が含まれていますが、そんな難しい話をこんなところでしたところで有識者から「間違っている!」と罵られた挙げ句、実生活に支障を来してしまいそうな迷惑行為がされてしまう可能性も否めないので、角が立たない程度の――所謂、子供でも簡単にわかる絵本のようなレベルの内容で進めたいと思います。
もちろん絵本の中にはファンタジーも多いですし、何なら事実とは異なる知識も多く散りばめられていることでしょう。
「そんな曖昧な知識で飛行機の理解が深められるの?」なんて不安を覚える方も多いかも知れませんが、そもそものところ、この記事はそんな皆さんの飛行機に対する意識を薄れさせるきっかけを与えるだけに過ぎません。
最終的には閲覧者の皆さんの問題と言いますか――いや、あまりこんなことを言ってしまっては記事を書いている身でありながらあまりにも無責任。とりあえず、今回の記事の内容を読んで精一杯頑張ってくださいと一言添えるのが、私の役割であると便宜上の逃げ道として設けさせていただきたいと思います。
さて、何だかんだで前置きが随分と長くなってしまいました。
飛行機の知識を知りたい方々にとって気になるのは私の方便なんかよりも、鉄の塊が宙に浮く原理でしょう。
ジェットエンジンを駆使して前に進む理由こそ辛うじてわかるものの、上に引っ張られる理由がいまいちわからず、原理も知らないまま飛行機に乗ることを不安に思う方も多いと思います。
そんな方のため、今回特別に下記のイラストを参考にしてわかりやすく説明させていただきます。

ちょうど良いイラストが画像フォルダの中になかったので東京ドームのイラストで代用しますが――この東京ドームを飛行機の翼と仮定して、その東京ドームを突っ切ろうとする群衆を空気として例えましょう。
まず飛行機を勢い良く発進させることで大勢の群衆が東京ドームに向かって勢い良く駆けてくる光景が現れることを想像してください。
ただ、この群衆はドーム自体が目的地というわけではなく、その先にある場所に向かって真っ直ぐ進むことを目的としています。
しかしこの群衆は非常に頭が悪いため、ドームを左右に避けるなんてことはせず、真っ直ぐに突っ切ることしかできません。
結果、東京ドームの真ん中を突っ切る人とドームの上をよじ登って越えていく人が多数現れるわけですが――よじ登った人達は非常に負けず嫌いなので、遠回りになっていたところで最終的には同じタイミングでドームの端に到達しようと試みます。
こうして上をよじ登った人がドームの中を突っ切る人と合流すると――……いや、何かちょっと違いますね。
少しばかりわかりづらい例え話になってしまったかもしれません。
今一度条件を変えて揚力が発生する原理について説明したいと思います。
東京ドームの端から端まで突っ切るために大勢の群衆が東京ドームを突っ切ろうとするのは変わりませんが、今回はその際にそれぞれの体が下半身と上半身で分かれてしまうことを条件とします。
下半身はドーム内を通って突っ切ろうとするのに対し、上半身は屋根の上をよじ登って通る――というのが前提となります。
ドームを前に分離してしまった体はゴールに到達する頃には同じタイミングで到着しなければ体の接合をすることができず、上半身は下半身に追いつこうと慌てて屋根を駆け上がります。
ただ、そんな必死な上半身の勢いというのは思っている以上に勢いのあるもので、必ずしもゴールに到着する際には下半身と同じタイミングで到着するとは限りません。
何なら勢いをつけすぎてしまったために下半身よりも先に到着してしまうなんてこともあるようで――つまるところ、別段ドームを突っ切るために上半身と下半身が分かれてしまうという前提も必要ないわけで、上半身が屋根の上に登った際、何か上に引っ張る力が強くて飛んでるみたいな、まぁそんな感じです。
結果、東京ドームはよくわからない力でぐんぐんと空中に押し上げられ、空を飛ぶというわけです。
まぁよくわからなかったという人は詳しく解説してくれている記事や動画でも見てもいいんじゃないかと思います。


何ですか、今回のこのクソみたいな本文は。
航空力学を真面目に勉強している人からガチで怒られますよ。

実際問題、今回の記事は定次さん自身の飛行機に対する恐怖心を紛らわすために勢いで書いた記事らしいですが・・・やはり勢いだけで知識を補うことはできないようですね。

ぶっちゃけ、乗客に知識があろうとなかろうと飛行機は飛ぶんですけどね。

まぁ実際にはそうなんでしょうけれども。
ただ、本当に恐怖心を克服しようと思って真面目に読もうとした人の気持ちはどうなるんですか。

宙に浮きっぱなしってことになりますかね。

いらんいらん、そういうのは。

飛行機なんて空を飛ぶように人が考えて作っているんですから、乗客は理屈なんて考えずにすっからかんの頭で乗れば良いんですよ。

要するに信用する気持ちが大事ってことですかね。


ま、そういうことです。

飛行機怖い。

ダメだこりゃ。

身内に不幸があって少しの間ブランクが開いてしまったが、相も変わらず朝食に食べるオートミール習慣は続いている。
特別大きな変化が起きたわけでもない。いつもと同じ量。いつもと同じ工程。いつもと同じ味……。
少し変わった点と言えば目玉焼きを載せて食べるようになったことくらいか。
これだけ言えば大きく変わったことだと周りは思うだろうが、私はそうは思わない。
事の始まりはAIに栄養バランスを問うてからだ。
AIは私の食生活を顧みて「卵が足りない」とアドバイスをくれた。
私は別段朝食にオートミールを食べるばかりの食生活でも構わないとは思ったが、データを全てとするAIがそういうのであれば従う他になく、その翌日から目玉焼きという大きな一手間が私の朝食に加えられることとなった。
ただ、レンジで温めたオートミールの上に載せたところでオートミールの味が大きく変わったということはなかった。何なら味の妨げになるくらい目玉焼きは邪魔だった。
目玉焼きをはじめとした卵黄がそのまま残る卵料理というのはどんな料理にも合うという考えがあったが、まさかこんな落とし穴が存在するとは思いもしなかった。
栄養バランスこそ整うが、オートミールの邪魔になる……決して目玉焼きが悪いとは言い切れないが、何なら万能な目玉焼きに合わないオートミールが悪いとさえ考えた。
この先私はどうすればいいのだろう。
オートミールを食べるだけで満足すれば良いのか。将又、目玉焼きも一緒に食せば良いのか。
時間が許す限り、別皿に小分けしてそれぞれ堪能する食習慣を始めようと思う。




















【定次さん】






