雪を憎んで人を憎まず


おはよう、皆の衆。定次さんです。
つい先程夕飯に手作りのカレーライスを食べたというのに、ちょっと小腹が空いてきたからと言って冷蔵庫にあったウインナーを食べております今しがた。
普段なら加熱するのも億劫だからと袋からそのまま取り出してスナック感覚で袋ウインナーを食べているのですが、こうしてブログ記事を手掛けるくらいに時間を持て余している夜の時間ということもあって、フライパンに薄く水を張って、簡易的なボイルウインナーを作りました。
パツパツに皮が張った12本のウインナー。
表面に歯を立てればたちまち軽快な音とともに肉汁が弾け、ぶりんとした食感とともに肉肉しさのある旨味が燻製された香味と一緒に口いっぱいに広がります。
こうして文章を書き進めている間にもお得意のルイボスティーとともにパクパクと食べ進めているわけですが――いよいよ最後の1本になってしまった今、12本も茹でなきゃ良かったと酷く後悔の念に苛まれております。
大の大人がボイルウインナー12本ごときで何を音を上げているのかと叱責が飛んできそうなものですが、この袋入のウインナーというものはなかなかどうして脂っ気が多く、最初こそ軽快に食べられるものの、8本くらいまで食べ進めた辺りでどういうわけか胃袋の中から鈍いボディブローを決めてくるのです。
1袋6本では少し足りず、12本では多すぎる。
人の満腹中枢の絶妙なラインを攻めてくるウインナーを製造するとはメーカーもなかなかどうしてやり手なものです。
さて、他愛もないウインナーの話から始まった今回の記事ですが、閲覧者の皆さんもここまで読み進めてきていよいよ気になる部分が浮かんできたのではないでしょうか。
――そう、ウインナーは生で食べても問題ないのかどうか。
加工肉の知識に疎い無知蒙昧な閲覧者の方がいるのであればそんな疑問を頭に思い浮かべるのも致し方ないかとは思われますが、基本的に市場に出回っているウインナーの大半は加熱処理が行われたものばかりなのでそのまま食べても問題なかったりします。
冷蔵庫から取り出したウインナーをそのまま手に取り、軽快な音も立てずにムシャムシャと食べる私の姿を見て不安を覚える方も多いでしょうが、私はしっかりと安全を加味した上でウインナーを手にとって貪り食べているのです。
照明も点けない深夜の暗がり、冷蔵庫の真っ白な明かりに照らされた逆光の中で貪り食べる袋ウインナー。
どちらかと言えばその素行に不安と心配を覚えるべきなのでしょうが、如何せん私は健全です。
加熱調理が面倒だと率直に感じたその瞬間、皆さんもぜひ未調理のウインナーをスナック感覚で召し上がってみてはいかがでしょうか。

雑談そのものの記事の中で別の雑談枠を設けてまで話し込むつもりもないのですが、今宵の私はすっかり蔑ろにしてしまった記事投稿におけるフラストレーションの反動もあってか、何だかとっても話し足りない気分でございます。
とは言え、この枠で取り上げる話題も取るに足りないほどのしょうもない内容ということに変わりはないわけでして、端的に結論から話し始めますと、『陰毛の神出鬼没さもここに極まれり』というところに着地をする話となっております。
故に今回の話題は起承転結のセオリーを完全に無視して、取るに足らない話題として『陰毛がこんなところから出てきた』ということを冗長めかして盛り上げていきたいところなのですが――、あまり話題を引っ張りすぎても公共の場で一字一句を声に出して読み上げている真面目な閲覧者の方にとって害でしかないので、手短に、且つ、お笑いネタに寛容な方にとって面白おかしいであろう内容に噛み砕きつつ、この話を展開していきたいと思います。
しかしながら展開するとは言っても、口から陰毛が出てきたという事実は話として押し広げようがなく、それに至るまでのプロセスを長々と仮定したところで当時私が実感した嫌悪が払拭できるわけではありません。
だからこそ今こうして私の体験した出来事を皆さんと共有することで、幾ばくかの共感を得たい次第です。
今この場に、今この手元に『共感ボタン』というものがあれば、この記事における雑談を読んでくださっている閲覧者の皆さんに共感してもらった上で、私の自宅までお越しいただいてからこの『共感ボタン』を一人ひとりに押してもらおうかと考えるわけですが、実際問題無防備な私の自宅に顔も知らない赤の他人が存在もしないボタンを求めて押しかけるようなことがあれば私は酷く狼狽える以外にないので、折角お越しいただいた閲覧者の皆さん方にはインターホン越しにお帰りいただくよう促し、それでも尚、共感ボタンを押したいと強く申し出る強情な方には警察のご厄介になっていただけたらと思います。
単純に今回の枠を使用してまで、私は口の中にまで現れたという陰毛(チン毛)のオカルト具合を紹介したかったと……それだけのお話しでございます。
共感云々は別段求めておりませんので、とりあえず私が伝えたかったことを理解できた――という方は一目散に踵を返した上で、思い出したように次から書かれる本題へと視線を戻し、画面スクロールを流していただけたらと思います。

すっかり冷めてしまったボイルウインナー。
最後の一本を食べきり、胃もたれ待ったなしの具合の中で今回の記事の本題に話を移していくわけですが――こうしてウインナーを食べている間も、背中の方に見える大窓の向こうの世界が白く、そして悍ましく見えて仕方がありません。
最近、私の住む北海道ではこの時期には珍しいほどの大雪が降りました。
昨日今日の気候で多少ばかり融けたかとは思われますが、先日の大雪の場面に出くわした時には「いよいよ今年もこの時期がやってきたか」と下唇を強く噛み締めながら延々と降り続ける雪に舌打ちをしたものでした。
北海道の雪は軽く、そして柔らかい。
元々重くて固い雪が降る地方で生まれ育った私は北海道の雪を軽んじたままいつぞやの冬を迎えました。
駐車場でスタックしてしまった私の愛車。
深く埋まり、胴体ばかりが持ち上がって手足をばたつかせるだけの亀のような姿になったいつぞやの私の愛車。
北海道の地にFFのハイブリッド車なんて亀を運転するようなもの。私はそんな事も知らないまま過去に酷く苦い思いをしたのでした。
――雪に対する憎悪は年々膨らむばかり。
過去に投稿してきた記事に綴られた雪に対する恨みつらみは長年下衆と皮肉を嗜んできたであろう閲覧者の方ならご存知でしょう。
ただ、ここ数年は然程雪も多くなかったことから、今回の唐突な大雪には本当に虚を突かれた想いをしてしまいました。
――またしても私の愛車がスタックしてしまったのです。
他の住民の協力により何とかスタックから抜け出して駐車にまで漕ぎ着けることができたのですが、またしてもこんな辱めを受けることとなるとは思いもしませんでした。
恥ずかしさよりも膨らむのは雪に対する憎しみばかり。
こんなことならさっさと車を買い替えるべきだと言われそうですが、車を買い替えるというのは財力のある人間が漸くできる行いの一つであって、私のような財をなさない人間にとっては夢のまた夢。今乗っている車も愛車というだけあって愛着もあるのでなかなか簡単には乗り換えることは出来ません。
故に今の私にできることは雪に対する憎悪を膨らませることのみ。今回の大雪で私は一層憎しみが膨れ上がったのでした。
『雪を呪わば棒2つ』
見たことも聞いたこともないことわざかと思われますが、それは閲覧者の皆さんの教養がないだけであって、今しがたこの言葉を考えついた私にとっては常識中の常識です。
この言葉は今回の大雪において私がスタックした車を動かそうとした際に思いついた言葉で、自前のハンドラッセルで雪をかこうとしていた時に――いや、他の住民が私のハンドラッセルを使ってですね……雪かきをしてくれたのですが、その時に、私のそのハンドラッセルが壊れてしまったということで、責任を感じてかその住民さんは新しいハンドラッセルを近くのお店から買ってきてくれたという出来事がありまして――。
つまるところ、大雪のせいで雪かきが2本に増えてしまったということです。
無論、その内の1本は壊れてしまったために到底使用することができないのですが『人を呪わば穴二つ』ということわざとかけたら何だかちょっと面白いなと思いまして、でもそれでもやはり何と言いますか、話と筋としては無理くり感が否めず、しっくりこないということで軽く読み流していただけたら助かります。へへへ。
大雪って憎いですよね。あー滅べ滅べ。




















【定次さん】





