【検証してみ】冷凍した餅なら消費期限が切れていても食べられる?


おはよう、皆の衆。定次さんです。
今日は1月11日で鏡開き。関東圏のそんじょそこらでは正月に飾ったお鏡様が一斉に割られ、餅料理として振る舞われている様子が容易に想像できます。
関西圏では1月15日が鏡開きだと言う話ですが、そんな話は知ったこっちゃない。関西圏に住んでいる閲覧者の方の意見も尊重していきたいところではありますが、如何せん全ての意見を汲みながら記事を書き起こすと非常に面倒くさいので、あくまで世間的な基準を元に、且つ私が判断したものを基準として、今回の記事を進めさせていただきたいと思います。
それでも尚、1月15日が鏡開きであると言って聞かない方は、本日の記事を1月15日以降に読んでいただいた上で、この本文の中にある1月10日という前提を自身の中で1月15日に置き換えながら読んでもらえたらと思います。
しかしながら、わざわざ本文を脳内でわざわざ置き換えながら読むというのもなかなかどうして面倒だと思いますし、何より閲覧者の皆さんの中にはそんな器用なことができない方も少なからずともいるかとは思われますので、とりあえずは各々で都合良く解釈しながら、今回の記事を読んでいただけたらと思います。
さて、鏡開きの話がありましたが、お正月と言えばやはり餅。
今年のお正月、閲覧者の皆さんはどれだけの数のお餅を食べたでしょうか。
食べられたお餅は食べられたことによる怒りと悔しさの念によってお腹の中で大きく膨らみ上がり、消費した人間の胃腸を刺激し、満腹中枢を刺激してから消化されて排泄されていくアルゴリズムが形成されている――という論文が、新年早々別の世界線で発表されたという噂を耳にしました。
お餅にも意思がある……かどうかについては、私自身餅になったことがないので、到底その理解には及ばないわけではございますが、お餅もまた消費される側の存在として思うところがあると、今しがた適当に思った次第でございます。
しかしそんなお餅も、せめて食べられるなら美味しく食べられる方が幸せだと考えるのは間違いないでしょう。
醤油につけて、海苔を巻いて、磯辺焼きとして食べるも良し、熱めのお湯にくぐらせてから砂糖を含んだ甘いきなこにつけて食べるも良し、雑煮でも良し、おしるこでも良し――個人的にはバター醤油や納豆と一緒に食べる焼き餅がオススメです。
色々なお餅の食べた方があるかとは思われますが、お餅の食べ方に関しては閲覧者の皆さんもそれぞれ拘りがあることでしょう。
もし万が一、お餅の食べ方についてのポリシーを熱く語りたいという方がいれば、この後、論文が発表されたと噂されている別の世界線にてディスカッションの会場を参加者の負担で設けようと思いますので、もし参加を希望したいと言う方がいれば、私ではなく、お餅の食べ方ディスカッション大会(仮)の運営宛に参加申請を送っていただき、返送されてきた案内に従って時間厳守で会場まで集合するようにしてください。
尚、こちらの申請は鏡開きとなる1月10日の午前が受け付けの最終日時となっており、現状、この記事を投稿する頃には予定の日時を大きく超過してしまっているかとは思われますが、どうしても参加をしたいという方は自身を関西圏の人間だと言い張った上で申請用紙を出すようにしてください。
嘗て私はこのディスカッション大会において優勝を狙えるという立ち位置まで漕ぎ着くことができたのですが、座椅子の上で長時間あぐらをかいてしまったことが原因で左膝を痛め、泣く泣く優勝を取り逃がすという虚言を吐いたことがあります。
虚言を吐いた場では私の言葉は誰にも信じられることはなく、その場にいた全員が腹を抱えて笑うという屈辱を味わいましたが、ただ、捉え方次第では誰もがお餅の食べ方に対して独自の解釈を持っているという確信を得た出来事でもあり、私はその場にいた全員の口の中に焼き立ての餅を突っ込む素振りだけして、帰宅後に泣きながらお餅を焼いて食べたのでした。
――その時に食べたお餅はいつもよりもちょっと塩味が強かった。
涙を流した分だけしょっぱさが増した私のお餅は『ヤキモチ』と称されて、今や別の世界線では多くの人に愛されています。
美味しい『ヤキモチ』が食べたいからと、定期的に私のもとに涙を採取するためのスポイトが送りつけられてくるのですが、衛生上よろしくないということから、最近では人工的に培養された私の涙を使用してヤキモチを製造しているそうです。
随分と話が逸れましたが、今回は鏡開きということもあってお餅にちなんだ話題をご用意しております。
そして、今更投稿するのも如何かと思われそうではございますが、まずは下衆と皮肉のアイドル的存在であるあいろにぃちゃんがお餅を食べているという新春イラストが描き上がっておりますので、本題に移る前に先にご覧になっていただけたらと思います。

あぁ、なんて可愛いのでしょう。
あいろにぃちゃんかわいい。お餅になりたい。
みんなは年末年始に何食べた?
お餅の話も結構ですが、年末年始に食べる贅沢品もまた一つの醍醐味でございます。
今この場で閲覧者の皆さんにディスプレイ越しに何を食べたかというアンケートを投げかけても結構ですが、投げかけたところで見返りのないアンケートに参加する義理もないと考えている方も多いでしょうから、断腸の思いでアンケートは取り止めたいと思います。
さて、今現在私は昼食用に購入したカツオの刺身を柵のままかぶりついて食べている最中なのですが、年末のご馳走にも私はお刺身を用意しようと画策しまして。故に大晦日の前の日……所謂小晦日に最寄りのスーパーを駆け回って、ホタテの刺し身を買い漁りました。
これまでに食べたことがない量のホタテの刺し身。
東京ドームの大きさに匹敵するというにはあまりにも小さいものの、世間的な視点から見ればなかなかどうして大きいホタテ。例えるのであれば生まれたての赤ん坊の拳くらいはあろう大きさのホタテの刺し身が3〜4個入ったパックを2パック。そして生まれたての赤ん坊の拳よりもよっぽど小さいであろう大きさのホタテの刺し身がこんもりと入ったパックを1パック。それらを年末のご馳走として購入したのでした。

しかしながら、どれだけ山盛りのホタテの刺し身を用意しようにも、白飯とホタテだけでは大晦日の晩のご馳走として今ひとつ物足りないのではないかと思い、急遽目に入った牛のモツを購入し、冷凍庫に眠る業務用冷凍ニラと一緒にモツ鍋でも作ろうかと考えたのでした。
全世界が注目したであろう、定次さんが食べる2025年大晦日の贅沢品。
夕方の陽の光が徐々に沈み始め、カーテンの向こうが暗くなり始める頃に私のお腹も段々と空いてきたということあって、ぼちぼちモツ鍋を作り始めようかと土鍋を用意したわけでしたが、汁物の類の料理が得意な私は作り始めて早々に今回のモツ鍋の出来具合に確信的な自信を持ち始めていました。
その自信の中には当時の空腹からなる食味への錯覚も含まれていたわけでしたが、実際問題、今回の私が手掛けたモツ鍋は間違いなく美味しいものへと出来上がっていました。
もう少しすれば夕食の時間……ただ、どうしても味見をしておきたい……。
堪らず私は目の前の食器乾燥棚に立てかけておいたとんすいに出来立てのモツ鍋を盛りつけ、未だ脂身がたっぷりと残ったモツともに1杯、2杯と味見を進めてしまったのでした。
うまいうまいと止まらない箸の手。
大晦日だからと贅沢に2パックもモツを購入し、まだまだ残りがあるからと調子に乗って食べ進めました。
いい加減この辺りでやめておかなければホタテを食べる前から満腹になってしまう……ハッと気づいた私は台所に箸を置き、今一度土鍋の中に味がじっくりと染み渡るのを待ったのでした。
グツグツと煮えたぎったモツ鍋が美味しく出来上がる頃、外もすっかり暗くなり、いよいよ本格的に大晦日の夜が始まりました。
多少モツが減ってしまったものの、美味しく出来上がった特製モツ鍋。
中皿にこれでもかと言わんばかりに盛り付ける山のようなホタテの刺し身。
先日酒屋さんで購入した、ちょっといいお酒なんかも一緒にテーブルに置いたところでいよいよいただきます――と言いたいところでしたが、いい年してモツを食べすぎてしまったのか、ここにきてとんでもない胃もたれに襲われてしまったのでした。
吐くほどではないが、折角のご馳走を美味しくいただけるほどのコンディションでもない。
ですが、大晦日に味わうご馳走はこのタイミングでしかありつけない。
私はすっかり重たくなってしまったお腹をさすりながら、誤魔化し誤魔化しでホタテにかじりつき、「おいしいけど……」という複雑な表情をしたまま新たな年を迎えたのでした。

冷凍した餅はいつまで食べられる?
随分と昔のこと、冷凍庫の奥深くから掘り出した化石のような魚を食べるという検証を行いました。
半年以上も経過していたにも関わらず、腐るなんてことはなく、何なら味や風味も損なうこともなく美味しくいただけました。
そんな実績を元に、私はどんな食材も冷凍することで基本的に何日でも日持ちがするという考えを持つようになりました。
【当該記事はこちら】
――だったら餅も大丈夫だろう。
昨年の頭に実家から送られてきた白餅と草餅。特に食べる気分でもないからとそのまま冷凍庫の奥に押し込んで、そのまま忘れ去られてしまっていたわけでしたが、正月を迎えたからと唐突に思い出し、今更ながらようやく消費してやろうという気になりました。
そのまま焼いて食べるのも悪くないですが、どうせ食べるなら雑煮で食べるべき――年末に胃もたれを起こし、結局余ってしまったモツ鍋をベースに、私は雑煮作りを始めたのでした。
モツの出汁がよく効いた美味しいスープをベースとした雑煮。
新年早々に食べるには少々重たいような気がしないでもないですが、雑煮というのは文字通り雑煮。
年末の残り物をごった煮にして作ったことが由来ということもあって、私は私なりのオリジナルこってり雑煮2026を完成させました。
あとはこの雑煮に焼いたお餅を入れるだけ。
昨年初頭から氷漬けにしたままだった餅を取り出し、フライパンの上にドカッと置きます。
長い間冷凍庫に入れていただけあって、餅の周りにはとんでもない量の霜がこびりついていましたが、フライパンで熱していればその内に溶けて焼けるだろうと考え、私は正月の静寂な雰囲気の中でまるで雪の塊のようになってしまった餅の塊を焼き始めたのでした。
餅屋が作ったれっきとしたお餅。保存料も着色料も使っていない上質なお餅。
自分のタイミングではなかったからと、届いてすぐに食べなかったのは勿体なかったとつくづく実感させられました。
ただ、こうして月日が経った今も表面にカビが生えている様子はなく、無事に食べられそうだと、徐々に霜が溶けていく様をじっくりと眺めていました。
まるではんぺんのような正方形の餅が6つ分固まった霜の塊。
フライパンの上に置いた時にはそのテンションから大丈夫だろうと高を括っていましたが、その異様な見た目に段々と本当に食べられるものかと一抹の不安を覚え始め、結局ChatGPTにアドバイスを乞うことになりました。

一見大丈夫そうでも中にカビが生えている場合があるし、見えない場合もある。やめたほうが良い。
冷凍ならば、消費期限が切れていても大丈夫だろう?
一抹の不安を払拭するために聞いたつもりでしたが、まさかこんな後ろ向きな回答が返ってくるとは思っても見ませんでした。
霜が溶けてきたところで見えてくる餅の表面。まるで外に積もっている雪のように、中から出てきたのはカビ一つない真っ白な餅。
こんなにきれいでも食べるのをやめた方が良いのだろうか……。時にAIもデタラメを言うものらしいですし、ようやく食べようという気にもなったということから、私はとりあえず完全に火が通るまで続けることにしました。
ただ、草餅の方は流石にやめたほうがいいと思ったので、白餅だけ焼くことにしたのでした。
しばらくしてパチパチと激しく音を立て始めた白餅。
まるでレンガのような直方体となっていた白餅でしたが、徐々に各面に火が通り始め、そしていよいよ中に火が通り始めたのか、両サイドの表面がぺりぺりと花開くように広がっていきました。
その姿まるでレオナルド・ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図。
人体の両手足が広げられたかのように、一塊となった大きな白餅は磁界の図面よろしく、上下を切り開かれたタコさんウィンナーの形状よろしく、異質な形となって焼き上がったのでした。
火にかければ大丈夫だろうと思い、傲慢な気持ちで焼いた冷凍餅。
結局こんな形になってしまってはChatGPTが言っていたように本当に食べられるのかも怪しいところです。
とりあえずペリペリと剥がれてしまった表面の一枚をちぎり取り、どんなものかと味見をしてみたのでした。



表面をかじってみたところ、せんべいみたいになってたらしいですよ。

まぁ、餅もせんべいも同じようなもんですから当然の結果ですか。

と、いうことは焼いた餅は雑煮にして食べたってことですかね?

いや、結局食べずに捨てたそうです。

は?

お腹壊してもいやだからって、結局普通の市販の餅を焼いて雑煮にしたらしいですよ。

は?

食べられるかどうかの検証は?

そんなもん最初からしてませんが。

そういった検証は専門分野に聞いてください。

餅は餅屋ってね。

いらんいらん、そういうのは。

そもそも、新年早々検証するようなモチベーションにもなりませんよね。

餅だけに。

いらんいらん、そういうのは。

石橋も餅も叩いてからっていうのが大事ってことですね。

石橋はともかく、餅は叩く前にさっさと食うべき。

まぁ餅はつかないと食べられないですけどね。

いらんいらん、そういうのは。






















【定次さん】




