【ニラ茶】ニラ茶


おはよう、皆の衆。定次さんです。
人間誰しも自身の前に様々な要素が並べられると、どうしてもそれらを組み合わせたりしようとしがちです。
その行動原理の根底にあるのは果たして好奇心なのか、はたまた単なる横着か――それが一体何なのかというのは定かではありませんが、少なくとも頭の奥底では似たようなことを考えているのではないかと私は常々思います。
――最近私はニラを使ったおひたしにはまっています。
はまっていると言いますか、もっと言えば生活の一部になっているという表現の方が正しいかもしれません。
ニラを洗って、並べて切って、フライパンで沸かしたお湯で下茹でしたら後はもう特性の出汁つゆに浸して待てばできあがり。
簡単で美味しく、余計な手を加えないから栄養価も高い。それが毎晩彩りのある小鉢として一品食卓に並ぶわけですから、そりゃあ習慣になるのも頷けるはずです。
本来であればニラじゃなくてほうれん草をおひたしにするのでも良いのかもしれませんが――ニラは他の野菜と比べてコスパが良く、変にクセもない。
ニラを食べたら口が臭くなるとよく耳にしますが、きちんと下茹でをした上で作れば臭みなんてありません。
それでも臭いと思われるのであれば、皆さんの元々の口の臭さに原因があるのではないかと考えられるでしょう。
ほらほら、こうしてこの記事を書いている間にもディスプレイの向こうから皆さんの口臭が臭ってきましたよ。
私の使用しているPCはそんな臭いを発生させるような機能を持ち合わせていなかったと記憶していますが――、時間軸を超えて物理的に機能をアップデートさせるくらいにまで皆さんの口臭が強烈だという可能性も考えられるでしょう。
しかしながら、体臭だの口臭だのといった"臭い"に関する指摘は非常にセンシティブな問題です。
冗談でも他人に対して臭い臭いとふざけていたら、きっとそのうち痛い目を見るはずです。
口が臭いのはその人の個性。歯を磨かないのもその人のポリシー。内臓が腐っているのもその人の体質。
下衆と皮肉はそんな個性豊かな皆さんの多様性を尊重すべく、今日もまた鼻を摘みながらお送りしていきたいと思います、今回の記事でございます。
チクチク言葉ならぬグサグサ言葉を駆使して散々酷い言葉を皆さんにお伝えしておりますが、実際問題、口臭含めた体臭というのはなかなかどうして自分自身では気が付かないものです。
かつて別の世界線では、自身の体臭が無臭であると立証すべく勇気を出して大衆の前に立ったブレーマフ・レームスという名の一人の男がいたようなのですが、自身の体臭が無臭であると証明するその方法として、人が最も行き交う正午の時間帯に広場の正面に置かれた舞台に上ってその場にいた大人数の視線を集めようといった行為に出たそうです
本来立ち入ってはいけない舞台に上り、裸になった両腕を天に掲げ、大きな口を開けて思い切り息を吐く――、体臭が臭いと妻子に逃げられた過去をずっとコンプレックスとして抱えていた男は、最後に大きな声で自身の名を叫んでどこか誇らしげにその場を去ったそうなのですが、当時広場の舞台は立入禁止とされていても厳格に取り締まられていたわけでもなく、誰かがふざけて舞台に上がるなんてことは日常茶飯事でした。
故に男が大衆の前で舞台に上ったところで誰に注目されるわけでもなく、更には舞台自体もそれなりの大きさがあったため、周りに自身の体臭を確かめてもらうには相応しくない行為であったと考えられます。
果たして本当に男が臭かったのかどうかというのは今となっては到底知る由もなく……男の心がどこか少し晴れた以外、特段何もなかった――というお話をうわ言として言っていた人が世の中のどこかにいるのではないかと今しがた私は考えた次第です。
随分と話がそれてしまいましたが、ニラはきちんと処理すれば特別臭くなるわけでもない、ただただ美味しいだけの食材へと成り変わります。
何なら美味しいだけじゃなく、栄養価も非常に高い。
具体的にはどんな栄養価があるのか――というのは私自身ニラの生みの親というわけでもないので、詳細を語ることはできません。
ニラの栄養価について詳細を知りたい方がいれば、ぜひ今現在使用しているデバイスを駆使して調べてみてください。きっと求めている答えに辿り着くはずです。
実際問題、私も『何となく体に良さそう』という曖昧なニュアンスでニラを日々美味しくいただいているわけですが、ニラのパワーというのはなかなかどうして素晴らしいもので、毎日納豆やヨーグルト、トマトや青魚などと一緒に食べ続けていることで、今際の際を生きる人と比較して非常に健康的な体を作り上げているのではないかという自負を抱いております。

本来であれば栄養価を損なわない生食が一番かと思うのですが、先程から口を酸っぱくしてまで説明しているように、口臭を気にし始めたら生食は少しばかり躊躇するのも仕方のない話でしょう。
下茹での最中、お湯の中で栄養素が分解されていってしまう光景を眺めるのは、無差別に見知らぬ人に挨拶をして返されなかった時くらい辛いものがありますが、これもまたニラをおひたしとして美味しくいただくための重要な作業です。
しかしながらこの栄養の溶け出したお湯も有効利用できないものか――とも考えたのが今回の記事のテーマになるのですが……皆さんならこのニラを下茹でした時に出た薄緑のお湯をどのように活用するでしょうか?
ニラのおひたしが習慣になっている私ですが、それ以外にもお湯出しのお茶をパックで作るのが習慣になっていたりします。
いつぞやの記事でも紹介しましたが、パックで作るお湯出しのルイボスティーというのがなかなかどうして美味しいものでして、私はそんなルイボスティーを、何なら今こうして記事を書いている最中にも飲んで過ごしていたりします。
【気になる当該記事はこちら】
そんなお湯出しルイボスティーが大好きな私ですが、その日はちょうど作り置きしているボトルが空になっていて、これからわざわざ一からお湯を沸かして作るのも億劫だなと思った私は、どうせならこのニラの残り湯を使ってルイボスティーを作ってみたらどうかと考えたのです。
ニラの残り湯というフレーズから良い印象を持つ人は限りなく少ないでしょう。
私自身もそうでした。
しかしながら、目の前に溶け出してしまった栄養価と、未知の味に対しての好奇心――そして、お茶を作るのが手間だという横着から試してみようと私は咄嗟に考えたのです。
キッチンに充満するニラ特有の臭い。
これをお茶にしたら十中八九失敗するだろうとは思いましたが、これまで人類は目に見えた失敗に挑戦することで進化を続けてきました。
私もそんな先人たちを見習おうと、改めてホカホカと臭い湯気を醸し出し続けるフライパンを眺め続けたのでした。


今宵の定次さんは随分と思い切った行動を取りましたね。

一体どんな結果になったか非常に気になります。


別に何もやってないみたいですよ。

は?

目に見えた地雷をわざわざ踏みにいくことはしないそうです。

は?

やってみようかなという好奇心と、それを最終判断する本能はまた別物。
直前での心変わりなんてよくある話でしょう。

じゃあこれまでの話は何だったわけで?

単なるチラシ裏の落書きでしょう。
あわよくばライフハックとして誰かやってみてねって魂胆だと思います。

クソすぎる。

おひたしおひたしってことで。

スイセンでも食ってろ。






















【定次さん】






