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雨の日の夜に

2023年8月1日

雨の日の夜に

世の子供が寝静まり、大人としての時間も遅く夜更けた頃に思いついたのです。明日のゴミ出しが非常に億劫だなと。

既に風呂から上がり、綺麗サッパリとなった体を濡らすのも嫌と思いながらも朝方の活動を考えれば横着も捗るというもの。じんわりと濡れた路面を窓から覗きながら私は翌朝に出す予定のゴミ袋をまとめました。

地域によっては咎められてしまう夜間のゴミ出し。タイパコスパが求められる昨今の風潮に遡上する考えはいつぞや多数派が目立つようになり、一部からは「非常識だ!」と指さされようとも平然とした面持ちが保てる時代になりました。

捨てられたゴミを漁る不埒な正義がいるものでもなく、あくまで良心の呵責を覚えながら見計らったタイミングで捨てられる家庭ゴミ。

玄関から先に見えるのは日中の喧騒も嘘とばかりに真っ暗となった近隣の光景でしたが、扉を開けたら思ったよりも振っていない雨にちょっとした好機を覚え、ここぞとばかりにてらてらと濡れた真っ暗なアスファルトの上をピチャピチャとサンダル姿で駆けていくのでした。

駐車場を抜けて公道の手前に佇むゴミ捨て場。北の試される大地では当たり前のようにゴミの駅と呼ばれるゴミ捨て場も、この夜中で目の間にしてみるとまるで廃駅。

時代がそうさせたのか、蓋を開けると既に先客があり、いかにこのご時世に同士達が増えているのかがよくわかります。

じめっと湿った蓋を閉める際、ぶわっと香った生臭いゴミの香りが吹き出します。

霧散した雨にじっとり濡れるのは厭わないですが、綺麗に洗った体にゴミの粒子が被さったと考えると何とも憂鬱なものでした。

遠くから見えるヘッドライトの明かり。平日の、それもまたこの時間帯にこんな辺鄙な場所を走るのはせいぜいタクシーくらいでしょう。「空車」の文字を赤く光らせて濡れたアスファルトの上を滑るように走り抜けていくのでした。

別段、何も後ろ髪引かれるような行いをしているわけじゃあない。例えそれがパトロール中のパトカーの明かりであったとしても私は狼狽えることなく平日の夜更けにゴミ捨てを続けます。何ならこんな闇夜の中でも明るく照らしてもらった方がどちらかと言えば心強い。

もう一刻も時が進めば遠くの空は徐々に明るみを帯び始め、チープなペイントソフトよろしく、絶妙なグラデーションカラーに彩られます。朝鳥が鳴き始め、ここぞとばかりに早起きなカラスが自身の主張を始めるのです。

しかしそれまでの時間、とっぷりと日が沈んだ世界がどんなにも暗く、そして悍ましいものであるか私は未知なままでいます。

玄関の上に取り付けられたポーチ灯が少し遠く目印のように光り輝いているのですが、そこまで辿り着けられるのかどうかというのは当たり前のようで当たり前ではない……そのまた奥に見える建物の隙間がとてつもなく暗く、黒く、私にはそこに何があるのかわからないのです。

以前、日中そこに人が立っていました。中年の男性です。

何をするわけでもなく、敷き詰められた砂利を踏みしめながらその隙間を歩き、いつの間にかどこかへと行ってしまいました。

日が明るんでいたからそこに男がいたのが見えたわけであり、ゴミを出す今の時間はその世界は狭くありながらも深い黒に塗りつぶされているのです。

人が3人座り込んでいてもわからない……きっとその手に何を持っていたとしてもわからないでしょう。

私がゴミを捨てて玄関へと辿り着くまでの間、砂利を思い切り踏みしめて襲いかかってきてもおかしくはない話なのです。

一歩二歩と歩みを進めるたびに家へと近づきます。しかしその度に底しれぬ闇との対峙も同時に近づいているのです。

一番恐ろしい瞬間は玄関を開けて背を向けた瞬間でしょう。その時羽交い締めされ、背中を刺され、どこかに連れ去られてしまう筈です。

インターネットでよく見かける怖い話が脳裏によぎります。

意識をしたらそこに人がいる……こちらを向いて立って、その表情は笑っているのか真顔なのか……とても見ることはできないのですが明らかにこちらを意識して立っているのです。

その向けられた意識に善意はありません。淀んだ悪意、とても理屈では理解し難い悪意がこちらを向いて立っているのです。

無視をしても向けられた意識を返しても道理に合うことはなく、例え逃げられたとしてもそこが家である以上は逃げることができないのです。

家の玄関はまだ遠い。私の視線は真っ暗な闇に釘付けのまま離れません。

濡れた足音が向かってこないか全方向に集中し、思考は何度も訓練を重ねます。拳はいつの間にか強く握られ、玄関の扉の取っ手に手が伸びるまで開くことはありませんでした。

全自動で明かりが灯る玄関の照明。ほっと安堵をしながら鍵を閉め、臭く汚れた手を洗って部屋へと戻ります。

雨にこそ若干濡れることがありましたが、今日もまた何事もなく平和にゴミ出しが行われたのでした。

何の話ですか?これ。

深夜のゴミ捨てを大げさに書き起こしただけです。

ゴミはちゃんと朝に出して・・・。


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