今流行りのロカボって知ってる?
おはよう、皆の衆。定次さんです。
最近……とまでは言えないですが、以前より私は間食などでナッツを食べる習慣を送るようになりました。
少々お値段こそ張りますが、大袋や缶詰入のミックスナッツを購入して食べすぎない程度に日々摂取しています。
ナッツというのはなかなかどうして栄養価が凄まじく高い食品ですからね。
何しろ種子ですから。一つの植物が今後育っていくための栄養タンクをそのままいただくわけですから、そりゃ栄養価も高いわけです。
あんな外観で脂質の数値は凄く高いですからね。カロリー爆弾だと呼ばれるのも頷けます。
ナッツの裏事情を知らずにがっつき、翌日吹き出物ができちゃってしんしんと泣く無知蒙昧な方も世の中には多くいるようですが、栄養となるものも食べすぎては体に毒です。手軽に美味しくパクパクと容易に食べきる気持ちもわかりますが、何かを食べる時はその食品の特性をよく知った上で消費するのが良質な食習慣を目指すポイントだと思います。
今でこそ私はこうしてナッツを美味しくいただき、日々を過ごしているわけですが――かつて別の世界線ではナッツ達の寵愛を受けて育った時期がありました。それは落花生から芽が出るくらいのほんの僅かな期間でしたが、それはもう良くしてもらったものでした。
その国では人間よりもナッツの方が遥かに身分が上な関係性ができていて、人々は行動に制限こそ受けていませんでしたが、長い歴史的背景から日々ナッツ達に酷く虐げられて過ごしていました。
心無い言葉を浴びせられる者、暴力を振るわれる者……お金を持っていれば騙し奪われ、文句の一つでも吐こうものなら五体満足では帰してもらえず、時に命を奪われる者も少なくはありませんでした。
政府はそんな関係性から目を背け続け、人々の鬱憤は日々積み重なっていき、いつしか両者間で戦争が勃発。深い溝を埋め合わせるのが不可能なくらい関係性が悪化していました。
そんな苛烈な世界に生まれ落ちたのが今や別の世界線で平穏に暮らす私でしたが、私は人間の身でありながら落花生の栽培園の柔らかな土の中で生命を宿しました。ビニールハウスの中で夜な夜な獣のような鳴き声が聞こえるということから不審に思ったナッツが様子を見にきたところ、土から両手足を出してもがく私を見つけたそうです。
ナッツは「何故人間の赤ちゃんがこんなところにいるのか」と疑問に思ったそうですが、土の中から掘り出してみたところ、私のへその部分に落花生の根が生えているように見えたため(実際はそう見えただけ)、この子は人間とナッツの関係を取り戻させる特別な存在と勝手に思い込み、私の両手足を切り取ってから大事そうに収穫して家に持ち帰りました。
ビニールハウスとナッツの家は少々離れたところにありました。
車で走って30分くらいのところ、私は助手席に雑に置かれていたものだったので酷く車酔いをしてしまい、赤信号で止まって座席から転がり落ちた際に栄養価の高い柔らかな土を盛大に吐き出しました。
ナッツは小さく舌打ちをしたようでしたが、「当時は自分も若かった」という雑な一言で後日茶を濁していました。
家に到着する頃には私の両手足もすっかり生え揃い、自ら車を降りて颯爽とナッツの家へと駆け出します。
ナッツの家をさも自身の実家のようにして立ち振る舞う私。家の奥にはナッツの妻がいて、急に現れた私のことを豆鉄砲を食らったかのような目で見ていましたが、あまりにもその厚かましい態度を見て「もしかしたら子宝に恵まれなかった自分たちに神様が子供を与えてくださったのかもしれない。でもできればナッツ類が良かった」と思い、私を受け入れてくれました。
私はその家でナッツたちの愛を受けながら、時には少々の不満を持ちつつもすくすくと育ち、やがてじきにやってくるビニールハウスで切り取られた私自身の四肢の復活を待っていました。
栄養価の高い柔らかな土に根を張った私の四肢はこれまたすくすくと育ち、徐々に私の完成形へと近づいていきます。
獣のようなけたたましい鳴き声が夜な夜な農園内に響き渡ったある日、近隣の住人からナッツへと苦情が渡り、ナッツはその様子を窺うために既に成人男性くらいに成熟した私を引き連れてナッツの栽培園へとやってきました。
ビリビリと響くけたたましい咆哮。耳をつんざくような音にビニールハウスの側は既に破れボロボロ。骨組みもカタカタと揺れて今にも崩れそうなところをナッツは私を後ろに下げ、猟銃を構えました。
シン……、と急に水を打ったように静まり返る農園内。その日は新月ということもあって辺りは墨つぼに落とされたかのように真っ暗。時折強く吹く山風に木が揺れ、ざわざわとした胸が締め付けられるような音だけが響きます。
ナッツに促されるように私はカンテラの明かりをビニールハウス内に向け、中の様子を照らします。その時の私の顔は恐らく無意識ににやついていたと思います。
ぼんやりと現れた4つの影。どれもこちらを取り囲むように向いて堂々たる仁王立ち。その映し出された影の手前には4人の大男が腕を組んでナッツを見下ろしていました。
ガタガタと震えだしたナッツに何が見えていたのかはわかりませんが、半歩後ろに立つ私に縋るように不安げな面持ちでゆっくりと振り向いた矢先、カンテラの明かりでぼんやりと浮かんだ私を見てたちまち腰を抜かしていました。暗がりでこそ見えませんでしたが、ナッツが尻餅をついた辺りは若干の湿り気を帯びていた気がします。
足腰が立たなくなってしまった華奢な四肢。足元の土をかけるように何度も地面に押し付けた踵を4人に向けて蹴り出します。咄嗟に振り回した指先に当たった猟銃にハッと我に返り、たちまち銃口を構えるナッツ。その姿は何とも心もとないものでしたが、有無を言わさず引いた引き金には私を守ろうとする強い意志を感じました。
一帯に響き渡る破裂音のような銃声。山風の煽る音の中からバサバサと飛び立ついくつかの黒い影がいなくなるまで硬直は続きました。
尚も小刻みに震えている骨組みの中、カンテラの明かりの先には既に影は消えていなくなっていました。
ほっと撫で下ろすナッツは乾いた笑いを少しあげた後にその両手に持っていた猟銃を放り投げ、その体勢のままもたげた首で私を見上げます。
土で汚れた手のひらを向け、私はそれに応えるようぐっと力を入れて体を起こします。その手はじっとりと濡れ、目に見えないほどに微細に震えていましたが、私にはその手がとても大きく感じ、より一層握る手に力が入りました。
「なんだか情けないところを見せちゃったな」と照れ笑いを浮かべながら土を払うナッツを前に私は軽く首を横に振り、微笑みを返します。ナッツは私の顔を見て少し驚いた表情をしていましたが、少し間を開けてから大きく息を吐き出して「帰るか」と車に向かって歩き出しました。
さようなら。私はここでお別れです。
覚束ない足取りで車に向かうナッツの後方、私の背後に立つ4つの影。大きく光を放った先で5つの私は融合し、時空が大きく歪み始めます。徐々に大きくなる空間の歪み。これまでの波よりも一層大きく折れ曲がった瞬間、光とともに私はその場に吸い込まれて消えてなくなりました。
車に乗り込んでバタンと閉まる扉。肩を大きく落としたところでナッツは猟銃を忘れたことに気が付きました。
まぁいいか、また明日にでも取りに来ようと車の鍵を回すナッツ。
「なぁ」と一言助手席に向けたところでそこに私はいませんでした。シートの上には握りつぶされた痕が残る銃弾が一つ転がっていただけでした。
人間とナッツの戦争は今日も激化の一途を辿ります。
皆さん、ロカボってご存知ですか?
知りません。
そうですか。
私もよく知りません。
そうですか。
何の略称なんでしょうね?
ロックバンド・・・
かっこいい・・・
ボン・ジョヴィ・・・
We’ve got each other
And that’s a lot for love
We’ll give it a shot
Woah, we’re half way there
Take my hand, we’ll make it I swear
もっと何かしっくりくるものないですかね?
ネットで調べたら出てきますよ。
“ロク"な"解答"しない"僕"って感じですかね。
わっはっは。